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最高裁判所第三小法廷 昭和58年(行ツ)135号 判決 1984年9月18日

東京都渋谷区代々木一丁目二八番一号

上告人

鈴木正一

東京都渋谷区宇田川町一番三号

被上告人

渋谷税務署長

内海一男

右指定代理人

崇嶋良忠

千代田区霞が関三丁目一番一号

被上告人

国税不服審判所長

林信一

右当事者間の東京高等裁判所昭和五八年(行コ)第二一号行政処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五八年九月二一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告人の上告理由第一章について

租税特別措置法二九条の四第一項の規定による老年者年金特別控除は、いわゆる老年者が二種以上の公的年金等の支給を受けている場合においても、各公的年金等の収入金額から各別に特別控除額を控除すべきものではなく、当該公的年金等の収入金額を合算し、その総額から特別控除額を限度として控除すべきものであるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づき原判決を論難するものであつて、採用することができない。

同第二章について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長島敦 裁判官 伊藤正己 裁判官 木戸口久治 裁判官 安岡滿彦)

(昭和五八年(行ツ)第一三五号 上告人 鈴木正一)

上告人の上告理由

第一章 被上告人渋谷税務署長に対する部分

第一節 訴の事実

上告人は、昭和五五年度分給与所得の金額の計算を給与所得のうち、恩給と厚生年金の収入金額につき租税特別措置法第二九条の四第一項の規定により、老年者年金特別控除額を、それらの夫々の収入金額から控除すべきもの(以下各節において各別説と省略)として申告したところ、被上告人はそれらの収入金額の合計から控除すべきもの(以下各節において合計説と略称)として更正処分をした。

本件訴は、その更正処分を違法として取消を求める。

第二節 判決を求める争点及適用法令

上告人主張の各別説、被上告人主張の合計説と、いずれが適法かにつき判決を求める。

右争点につき適用される法令は、所得法第二八条第二項(以下原則法と略称)及び租税特別措置法第二九条の四第一項(以下特例法と略称)である。

第三節 上告に至る理由

控訴審の判決理由は、第一審判決理由をそのまま引用して控訴棄却の理由とし、第一審判決を不服とする控訴理由につき、全く判示するところがないので、控訴棄却理由が不明である。

よつて以下各節の所論により、更に各別説適法の理由を主張し、判決理由の不備、齟齬を指摘して、上告審の判断を求める。

なお以下各説において判決理由とは、控訴審判決理由が同じ判断として引用されている第一審判決理由である。

第四節 用語に用いる記号

以下各節において、文章を簡明にするため次の記号を用いる。

記号 記号の意味

X 原則法による計算において求める給与所得の金額

Y1及Y'1  X計算の対象となる給料(Y1)とその収入金額(Y'1)

Y3及Y'3  同右恩給(Y3)とその収入金額(Y'3)

Y4及Y'4  同右厚生年金(Y4)とその収入金額(Y'4)

Y3,4及Y'3,4  同右恩給と厚生年金の併合給与(Y3,4)とその収入金額(Y'3,4)

C 給与所得控除額

第五節 原則法についての論争

一、原則法(所得税法第二八条第二項)の条文。

給与所得の金額は、その年中の給与等の収入金額から、給与所得控除額を控除した残額とする。

二、条文上の争点に係る上告人の主張

原則法における「その年中の給与等の収入金額」を、本件事実に照らせば「その年中の給与等」は、「その」が前文から受ける給与所得である五五年度中の給与(Y1)恩給(Y3)及び厚生年金(Y4)であつて、その「給与等の収入金額」は、給料の収入金額(Y'1)、恩給の収入金額(Y'3)及び厚生年金の収入金額(Y'4)の夫々を加算した合計、即ち(Y'1+Y'3+Y'4)である。

夫れ故、本件事実につき、給与所得の金額(X)を、条文に当てはめて算出するには「その年中の収入金額」に相当する(Y'1+Y'3+Y'4)から給与所得控除額(C)を控除した残額に等しい金額とする。この計算法を記号を用いて簡明に示すのが、次の算式1である。

X=(Y'1+Y'3+Y'4)-C………算式1。

三、右算式に対する判決理由及び之に対する反論

判決理由は「右算式による主張は、特異かつ異例で条文の解釈から離れている」と説示して、之を排斥している。乍併、条文は計算法を抽象的に示しているから、実際に計算するには、法意を事実の上に照合して、これを具体的に算式として示すことは、わかり易く且つ便利である。

判決理由が「算式は条文の解釈から離れている」と判示する理由につき、被上告人に質問しても応えず、判決理由にも説示がないので、理由不明であるが、若し条文の「給与等の収入金額が」事実上の計算において、その内容を区分できないとするのであれば、事実上の計算不可能であるのみならず、特例法における「給与等の収入金額」もその内容を、公的年金等たる給与の収入金額と然らざる給与の収入金額とに区分できないことになり、この場合、当該公的年金等に係るのは、事実上の給与等の内容が公的年金等だけである場合となつて、実状に適応しない。

条文において抽象的に示されている「給与等」は、その内容が不特定であるが、本件事実に適用されると、前項所述のように、その内容が給料、恩給、及び厚生年金に特定され、それらの収入金額は、夫々加算合計されて「給与等の収入金額」となる。

この状態を簡明に示すのが、前項の算式まであるから条文の「給与等の収入金額」と算式の示す(Y'1+Y'3+Y'4)とは抽象的表現と、具体的表現の相違であつて、これを以つて「条文の解釈から離れていると見るは失当である。

第六節 特例法についての論争

一、特例法(租税特別措置法第二九条の四第一項)の条文

特例法の条文は次の三文句より成る。

イ 冒頭文句(特別条件)

所得税法第二条第一項第三〇号に規定する老年者(第三項において老年者という)である居住者が、昭和四八年一月一日から、昭和五八年一二月三一日までの間に受けるべき公的年金等(同法第二九条第一号イからリまでに掲げる法律の規定に基く年金で法令の定めるもの及び一時恩給以外の恩給をいう、以下この条において同じ)については、

ロ 中段文句(特例条件を事実に適用して確定する特例収入金額)

当該公的年金等に係る、同法第二八条第二項の給与等の収入金額は、

ハ 終段文句(特例収入金額の減額計算)

その年中の当該公的年金等の収入金額から、老年者年金特別控除額を控除した金額とする。

二、上告人主張の各別説適法の論拠

各別説適法の論拠は、中段文句の解釈にある。

同文句冒頭の「当該公的年金等」に係るは、特例条件として、これに適合する同法第二八条第二項の給与等の内容である給与種目を特例に指摘する作用をする。

「同法第二八条第二項の給与等」は、前節所論の原則計算上の「給与等の収入金額」における給与等で、本件事実では、給料(Y1)、恩給(Y3)及び厚生年金(Y4)である。

「の収入金額」は、右給与等の内容をなす給与種目のうち当該公的年金等に係る種目の収入金額で、本件事実では恩給と厚生年金の収入金額、即ち(Y'1+Y'3+Y'4)におけるY'3及びY'4である。

これら恩給(Y3)の収入金額(Y'3)及び厚生年金(Y4)の収入(Y'4)は、夫々次の終段文句の「その」が受けて控除される金額即ち「当該公的年金等の収入金額」となる。

叙上の解釈が、各別説適法の論拠である。

三、右主張に封する判決理由

本件解釈上の争点は、中段文句の解釈にある筈のところ判決理由は、この点につき「当該公的年金等に係る」の「係る」は「同法第二八条第二項の給与等の収入金額」とりわけ「収入金額」にある、との説示だけであり、しかもその説示の意味が明かでない。この点において判決理由は理由不備である。

説示に「係る」はとりわけ「収入金額」にある、とあるが、その「収入金額」は収入源たる給与種目が定まらなければ生れない、夫故一旦は、その収入源である同法第二八条第二項の給与等に係り、その結果特例と定まつた給与種目の収入金額と見るが相当である。

この場合「給与等の収入金額に係る」と見ても、本件事実ではそれは結局「給与等の収入金額」の内容である(Y'1+Y'3+Y'4)のうち当該公的年金等に係る恩給(Y3)の収入金額(Y'3)及び厚生年金(Y4)の収入金額(Y'4)となる。

四、各別説適法論拠の問題点

前項所論の如之、判決理由に、解釈上の争点となるべき中段文句についての明確な説示がないので、上告人主張の各別説適法の論拠につき、問題と見られる次の諸点につき考察する。

第一点。本件事実において給与等の内容は、原則計算の段階で既に給料と、公的年金たる恩給と厚生年金とを併合したものとの二つの給与種目である、と見られるや否やの点。

乍併、原則計算の段階における「給与等は」、所得税法第二八条第一項列記の給与等及び給与等と見なされる同法第二九条第一号列記年金等であつて、給与種目としての恩給と厚生年金とは明かに別箇であるから、この段階では同一種目と見られない。

第二点。原則計算段階では別箇であつても、特別法の適用により併合されると見られるや否やの点。

乍併、特例法は、原則計算段階における事実上の「給与等の収入金額」の状態の上に適用される。

本件事実におけるその状態は(Y'1+Y'3+Y'4)であつて、恩給(Y3)と厚生年金(Y4)とは、その収入金額(Y'3とY'4)とが、夫々別々に加算される位置にある。

而して、それらの恩給と厚生年金とは、夫々その位置において、恩給は恩給を内容とする公的年金等として当該公的年金等に係り、特例と指摘されて、その収入金額は中段文句末尾の「収入金額は」に相当し、厚生年金も亦これと同様にその収入金額(Y'4)が、文句末尾の「収入金額は」に相当する。

即ち「係る」ことによつて恩給と厚生年金とが、特例と指摘され、夫々の収入金額(Y'3とY'4)が、夫々(Y'1+Y'3+Y'4)の位置において減額されるのであつて「係る」ことによつてその位置が変更され(Y'1+Y'3,4)となると見ることはできない。何故ならば「係る」は、既定の位置ある給与種目に対して特例給与たる条件に適合するものとして、これを特例に指摘するだけの作用をするのであつて、これによりその位置は変更されないからである。

五、合計説を正当とする判決理由に齟齬。

棄却判決の基本である合計説を正当とする判決理由は、その論拠を終段文句の解釈においているが、それは結果の解釈から、原因たる既定の「収入金額」を変えるので、その理由に齟齬がある。

即ち同文句冒頭の「その」は、前文の「収入金額」を受け、これを控除される金額である「その年中の当該公的年金等の収入金額」と説明的に省略換言したもので、その金額は、中段文句の解釈を原因として既に確定して、それを結果としてその金額の減額高を算出するため「控除される金額」として終段文句に与えたのである。

判決理由は原因たる中段文句の解釈を無視して、その解釈から既知の金額となり、終段文句において「控除される金額として「その年中の当該公的年金等の収入金額」と説明的に省略換言されている「収入金額」をその省略換言の文言の解釈から定めているので、そこに本来転倒の齟齬がある。

しかも、その文言の解釈を、原則法における「その年中の給与等の収入金額」と同様と見ているところに錯誤がある。

何故ならば、原則法における「その」は、前文の「給与所得の金額の「給与所得」を受け、その給与所得たる「年中の給与等」につき、事実に照らしてその収入金額を確定し、これを控除される金額として、未知の給与所得の金額を算出するのであるから、特例法における「その」が既知の全額を受け、その既知金額を控除される金額として、その減額高を算出する場合とを、同様と見ることはできないからである。

第七節 上告審に求める判断

一、本件事実における「給与等の収入金額」の内容は、給料の収入金額と恩給の収入金額と厚生年金の収入金額に区分されているとすることの当否。

二、当該公的年金等に係るのは、右三つの区分状態にある給与等のうち、恩給と厚生年金の夫々であるとすることの当否。

三、その状態において当該公的年金等に係る、恩給と厚生年金の収入金額は夫々「控除される金額」とすることの当否。

四、特例法の終段文句における「控除される金額」は、中段文句の解釈から既知の金額として与えられるのであつて、終段文句の解釈から与えられるものでないとすることの当否。

第二章 被上告人国税不服審判所長に対する部分

第一節 訴の事実

本件審査請求に対する被上告人の審査末続及び棄却裁決の理由に法令違背あるを以つて、棄却処分の取消を求める。

第二節 法令違背とする事項

一、審査のため提出せしめる本件答弁書は、国税通則法(以下通則法と略称)第九三条第二項に違背。

二、審判官の質問権の不行使は、同法第九七条第一項第一号違背。

三、裁決理由に、請求人の主張の根幹を、主張として除いたのは同法第九七条第四項に、又各別説を違法とする理由を明示しないのは、同法第一〇一条の準用する同法第八四条第五項に違背

第三節 答弁書を違法とする理由

審査請求理由の根幹は、本件事実における給与所得の金額の計算法の当否である。

請求人はその計算法を条文の文言に相当する記号を以つて、注意そのまゝを算式として形象的に示し、これにより合理的に各別説の適法を主張し、審査を求めている。

(2第二号証審査請求書二頁《5》参照)

これに対する答弁書は「文言の解釈を別にして算式の当否を論することはできない」という当然のことが記載されているが、この算式が文言の解釈上相当か否かにつき答えていない。斯る答弁書は審査の役にたたず通則法第九三条第二項の「審査請求理由に対応する主張が記載されているとすることができない。

第四節 審判官の質問権不行使の違法

請求人は算式による計算法につき、審判官に理解を求めるため書面(乙第七号証、五六・一一・九日付提出)及び口頭を以つて説明を尽し、説明中認証し難き点につき質問されたき旨申立たるに、質問もなく釈明も求められずしてその主張を排除し、判断の対象とされていない。

この点につき判決理由は「意見を並べる機会が充分与えられている」とされているが、認承し難き点について意見を述べ得ないので有効な意見の陳述ができない。

結局審判官の審査不尽の違法が、裁決理由において請求人の主張として、又判断の対象として除かれるに至つている。

これは、通則法第九七条の法意違背である。

第五節 請求人の主張の根幹が除かれ、判断の対象となつていない。

裁決理由における判断の対象は、条文に適応する算式により、各別説を適法とする請求人の主張が、条文の法意に適合するや否やになければならない。

然るに裁決理由(2第一号証)は、請求人の主張としての給与所得金額計算法としての算式は除かれ、それは用語についての主張の「別紙参照事項となつている。

而して判断としては「これら年金及恩給は、法定の公的年金等に該当することに争いがない」と示されいるのみで、争いの焦点である給与所得の金額の計算法についての判断が示されていない。ただ二三の用語についての判断を示し、これを以つて莫然と合計誤を正当と結論し、棄却理由としている。これは通則法第一〇一条が準用する同法八四条第五項の棄却理由明示義務違背となる。

以上

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